「エンジニアが採れない」——採用担当者からこの言葉を聞かない日はありません。
しかし、「なぜ難しいのか」を市場データに基づいて構造的に理解している企業は多くありません。構造がわかれば、打ち手が変わります。「求人媒体を増やす」「スカウト文面を改善する」といった手法論の前に、まずこの市場がどれほど小さく、どれほど激しい競争環境にあるかを数字で把握するところから始めましょう。
本記事では、公開データの独自分析と約1,200名のITエンジニアへの独自調査から、「なぜ難しいのか」「今エンジニアは何を見ているのか」「何をすべきか」を整理します。
この記事の要点(TL;DR)
- 市場規模: 自社サービス開発エンジニアの年間転職者数は推定500人前後。そもそも「採りたい層」が極めて少ない
- 2019→2026の構造変化: 生成AIの登場、リモートワーク普及、副業/フリーランス増加、SIer→自社開発への人材流動——7年間で採用競争の前提が変わった
- エンジニアが応募先を選ぶ基準が変わっている: 約1,200名への独自調査で、約3割が「企業の生成AI活用状況」を応募判断に考慮。特にAI/ML系・モバイル系エンジニアで顕著
- エンジニアが見ているのは「AIを使っているか」ではなく「どう使っているか」: 品質担保の仕組み、効率化した時間の活用文化、ガバナンス体制、現場の意見が尊重される風土
- 打ち手: 市場の構造を理解した上で、自社の開発環境・文化を「エンジニアが知りたい情報」として言語化し、採用プロセスに組み込む
エンジニア採用市場の全体像——「採りたい層」は何人いるのか?
エンジニア採用が難しいと感じている方にまず知っていただきたいのは、そもそもの市場規模です。
IT人材の全体像——数字を分解する
「IT人材」と一口に言っても、その中身は多様です。
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の「DX白書2023」によると、2020年国勢調査に基づくIT人材の総数は約125万人と推計されています。2015年の約104万人から5年間で約20万人増加しました。このうちIT提供側(SIer、ソフトウェア開発企業等)に所属するIT人材は約73.6%の約92万人、ユーザー企業側は約26.4%の約33万人と推定されています。
しかし、この「IT人材125万人」にはシステムコンサルタント・設計者、その他の情報処理・通信技術者なども含まれています。実際にアプリケーションを開発するエンジニアは、IT提供側だけで見ても半数以下の約34万人程度とされています。さらに「自立して開発業務ができる層」に絞ると約15万人になります(いずれもIPAの定義・推計に基づく参考値)。
「IT人材125万人」という数字を見て、その全員がエンジニアだと思ってはいけません。
なお、DX人材の不足感は直近でさらに深刻化しています。IPA「DX動向2025」によれば、日本企業の85.1%でDXを推進する人材が不足していると回答しており、米・独と比べて著しく高い水準です。
自社サービス開発エンジニアは実際に何人いるのか
多くのスタートアップや事業会社が採りたいのは、「SIerで受託開発をしてきた人」ではなく「自社サービスの開発経験がある人」です。この層はどのくらい存在するのでしょうか。
自社サービスを開発するエンジニアが多く所属する業種は、総務省の産業分類でいえば「インターネット付随サービス業」と「ソフトウェア業」の一部(SaaS企業等)です。
参考値として、国勢調査(平成27年)のクロス集計で「インターネット付随サービス業」×「ソフトウェア作成者」を見ると、その数は約8,680人でした(e-Stat、2015年)。令和2年(2020年)の国勢調査ではIT人材全体が約20万人増加しており、この数も増加していると推定されますが、同条件のクロス集計値は現在確認中のため、ここでは参考値として示します。
SIerやSES企業に所属しながら自社サービス開発に近い業務を行っている人や、DX推進によりIT内製化を進める事業会社のエンジニアを加味すると、「自社サービス開発経験を持つエンジニア」の総数は数万人規模とも推定されます。
年間の転職者数はどのくらいか
総務省「労働力調査(詳細集計)」(2025年平均)によれば、330万人(前年比-1万人、4年ぶりの減少)で、転職者比率は約4.8%です。
この転職率をもとに年間の転職者数を推計すると、以下のような幅が生じます。
- 狭義の推計: 自社サービス開発エンジニアの母集団を1万人前後と置いた場合、4.8%を掛けると年間約500人規模
- 広義の推計: SIer出身者や事業会社の内製エンジニアまで含め、母集団を数万人と見た場合、年間1,000人超となる可能性
いずれの推計をとっても、後述する「採用したい企業の数」と比較すると、供給が需要に対して著しく少ない市場であることは変わりません。
実際、WantedlyやGreenといったプラットフォームには多くのエンジニアが登録しています。しかし、「登録している」ことと「実際に転職活動をしている」ことは大きく異なります。潜在層の中からアクティブに動く層を見ると、市場は想像以上に小さいのです。
需要側——スタートアップへの資金流入と採用競争の激化
一方、この小さな市場を奪い合う企業側はどうでしょうか。
スピーダ スタートアップ情報リサーチのデータによれば、2025年の国内スタートアップ資金調達額(デット除く)は7,613億円、調達社数は2,700社でした(前年2024年の7,793億円・2,869社から調達社数は約6%減少)。調達額は前年とほぼ横ばいながら、調達社数の減少や中央値の低下が示すように、資金が「選別」される傾向が強まっています。
調達した資金の多くは、エンジニア採用に投じられます。つまり、採りたい企業は依然として多く存在する一方、採られる側のエンジニアの数はさほど変わっていない。これがエンジニア採用の構造的な難しさの正体です。
特に、企業規模31〜100名程度のシリーズA〜Bのスタートアップでは人材不足感が最も強い傾向があります。メガベンチャーはブランド力と待遇で人材を集められますが、知名度がまだ高くない成長フェーズの企業ほど、採用競争で不利な立場に置かれます。
需給ギャップの結論
ここまでのデータを整理すると、エンジニア採用の難しさは手法の問題ではなく、市場構造の問題であることがわかります。
- 供給: 自社サービス開発エンジニアの年間転職者数は、推計の前提次第で500人〜1,000人超の幅があるが、いずれにせよ少ない
- 需要: 数千社のスタートアップ・事業会社がこの層を奪い合っている
この需給ギャップを理解した上で、「どうすればこの小さな市場の中から自社に合う人材にリーチできるか」を考える必要があります。求人広告を出して待つだけでは、構造的に成立しない市場なのです。
2019年→2026年で何が変わったか——4つの構造変化
エンジニア採用市場の需給ギャップは2019年時点でも存在していました。しかし、この7年間で市場の前提そのものが大きく変わっています。
1. 生成AIの登場——「必要なエンジニア像」が変わりつつある
2022年末のChatGPT登場以降、GitHub CopilotやCursorといったAIコーディングツールが急速に普及しました。これにより、エンジニアの生産性は大きく向上しています。
この変化は採用に2つの影響を与えています。
1つは、「コードを書ける」だけでは差別化できなくなりつつあるということです。定型的な実装はAIが支援できる時代において、企業がエンジニアに求めるのは、設計力、問題定義力、AIの出力を評価・修正できる判断力へとシフトしています。
もう1つは、エンジニア側も「この会社はAIをどう活用しているか」を見ているということです。これについては後述の独自調査で詳しく触れます。
2. リモートワークの普及——採用競合が全国・グローバルに
コロナ禍を経て、エンジニア職のリモートワークは定着しました。フルリモートを掲げる企業が増えたことで、エンジニアは地理的制約なく就職先を選べるようになりました。逆に言えば、採用する企業側は全国——場合によっては海外の企業とも人材を奪い合う時代になっています。
「オフィス出社 or フルリモート」は、今やエンジニアが応募先を選ぶ際の最初のフィルターの一つです。
3. 副業・フリーランスの増加——「正社員転職」だけが選択肢ではなくなった
副業解禁の流れとフリーランスエージェントの台頭により、エンジニアの働き方の選択肢が広がりました。「本業を続けながら副業で別の会社に関わる」「フリーランスとして複数の案件を掛け持ちする」という選択も一般化しています。
これは採用側にとって、転職率だけでは市場の動きを測れなくなったことを意味します。正社員転職以外のエントリーポイント——副業やフリーランスからの関わりを含めた採用チャネル設計が必要です。
4. SIer→自社開発への人材流動——DX需要が加速させた構造変化
DX推進により、事業会社がIT組織を内製化する動きが加速しました。それに伴い、SIerで経験を積んだエンジニアが事業会社やスタートアップに転職するケースが増えています。
ただし、SIer出身者と自社サービス開発経験者では、求められるスキルセットや働き方が異なります。ウォーターフォール型の開発プロセスに慣れたエンジニアが、アジャイル型の自社開発チームにすぐフィットするとは限りません。受け入れ体制(オンボーディング)の設計も採用戦略の一部として考える必要があります。
エンジニアは企業の何を見ているか——独自調査の示唆
市場の構造と変化を見てきました。では、当のエンジニアたちは転職先をどのような基準で選んでいるのでしょうか。
ある採用支援会社が約1,200名のITエンジニアを対象に実施した調査(2025年)では、興味深い結果が出ています。
約3割が「企業の生成AI活用状況」を応募判断に考慮
求人企業が生成AIを用いた開発プロセスを持っているかどうかが応募判断に影響するかを尋ねたところ、「影響がある」「強く影響がある」と回答したエンジニアは合わせて約3割にのぼりました。
一方で「どちらとも言えない」が約半数を占めており、生成AI活用の有無が応募基準として全エンジニアに定着しているわけではありません。ただし、この「約3割」という数字は無視できません。年間500人程度しか動かない市場で、そのうちの3割が「AIの活用状況を見ている」ならば、自社のAI活用方針を発信しない企業は候補者プールをさらに狭めている可能性があります。
職種によって感度が大きく異なる
「影響がある」「強く影響がある」を合わせた割合が特に高かったのは、AI/MLエンジニア(約5割)、モバイルアプリエンジニア(約4.5割)、データエンジニア(約4割)といった職種です。
一方、SRE(約1.5割)や運用・保守系(約1.5割)の職種では、相対的に影響を受けにくい傾向が見られました。
「全エンジニアに同じ訴求をする」のではなく、採用したい職種に合わせてメッセージを変える必要があるということです。
エンジニアが見ているのは「ツール導入」ではなく「仕組みと文化」
では、生成AIの活用状況が応募判断に影響すると答えたエンジニアは、具体的に何を見ているのでしょうか。
同調査で最も多く選ばれた回答は、「AIが生成したコードや設計案に対する品質担保の仕組みが確立されていること」(約2割)でした。続いて、「効率化された時間を創造的な業務や新技術の習得に充てることが推奨される文化があること」がほぼ同率で選ばれています。さらに「セキュリティ・倫理ガイドラインが明確であること」「AIツールの導入において現場エンジニアの意見が尊重されること」が上位に並びました。
エンジニアが見ているのは「最新のAIツールを導入しているかどうか」という表面的な事実ではなく、「品質担保の仕組み」「時間の使い方の文化」「ガバナンス体制」「現場の意見が通る風通し」という、もっと深い部分です。
「AIを使っています」は差別化になりません。どう使い、その結果エンジニアの働き方がどう変わるかを具体的に示せるかどうかが、候補者を惹きつけるかどうかの分かれ目です。
職種ごとに「刺さるポイント」が違う
職種カテゴリ | 最も重視するポイント | 2番目 |
データ活用関連(AI/ML、データエンジニア等) | キャリアパス・成長機会(約27%) | 独自モデル・RAGの研究開発(約25%) |
開発エンジニア(バックエンド、フロントエンド等) | 品質担保の仕組み(約25%) | 創造的な時間の活用文化(約17%) |
インフラ・クラウド | 経営層のリーダーシップ(約19%) | ガバナンス体制(約19%) |
マネジメント・管理系 | 学習支援(約23%) | 経営層のリーダーシップ(約20%) |
「全職種共通の求人票」「全候補者に同じスカウト文面」では、このニーズの違いに応えられません。
では何をすべきか——エンジニア採用の5つの打ち手
市場の構造、7年間の変化、エンジニアの選好——ここまでの分析を踏まえ、具体的な打ち手を5つ整理します。
打ち手1: 自社の開発環境・文化を「エンジニアが知りたい形」で言語化する
エンジニアが応募前に知りたい情報は「使用技術」だけではありません。以下のような情報を、求人票・採用ページ・スカウト文面に含めることを推奨します。
- 生成AIの活用方針と具体的な導入状況
- AIが生成したコードに対する品質担保の仕組み(コードレビュー体制等)
- 効率化した時間の活用方針(学習時間の確保、新技術の検証等)
- セキュリティ・倫理に関するガイドライン
- 技術選定やツール導入における意思決定プロセス(トップダウン or ボトムアップ)
- キャリアパスの具体像
これらを「書いている企業」と「書いていない企業」では、同じ待遇でもスカウトの返信率に差が出ます。
打ち手2: 職種別にアプローチを変える
- AI/ML系・データ系を採りたいなら、AIの活用実態と技術的チャレンジを前面に
- モバイル系を採りたいなら、AIとの協働による開発効率化の具体例を
- SRE・インフラ系を採りたいなら、AIよりもシステムのスケーラビリティや信頼性に関する技術課題を訴求
同じエンジニアでも、職種によって刺さるポイントは違います。
打ち手3: 市場の構造を前提にした採用チャネル設計
年間500人程度しか動かない市場で、「求人広告を出して待つ」だけでは構造的に成立しません。この市場では、ダイレクトリクルーティング(スカウト)が採用チャネルの中心にならざるを得ません。
スカウトでアプローチすべき対象は「転職活動中の人」だけではありません。「今すぐ転職する気はないが、良い話があれば聞きたい」という潜在層にもリーチできるのがダイレクトリクルーティングの強みです。副業やフリーランスからの関わりを含めた多様なエントリーポイントの設計も有効です。
打ち手4: 採用プロセスそのものをエンジニア体験として設計する
エンジニアは面接で企業を「選んでいる」側でもあります。
スピード: 書類選考から面接設定まで1週間以上かかると、その間に他社から内定が出ます。エンジニア採用では選考のリードタイムが短い企業が有利です。
技術面接の質: エンジニアは面接を通じて、その企業の技術力やエンジニアリング文化を見ています。技術的に深い議論ができる面接官が対応できるかどうかは、候補者の志望度を大きく左右します。
カジュアル面談の活用: いきなり「応募→選考」ではなく、カジュアル面談で相互理解を深めるプロセスを設けることで、応募のハードルを下げられます。潜在層へのアプローチに特に効果的です。
打ち手5: 自社だけで回せないなら、仕組みで解決する
エンジニア採用のスカウト業務は、想像以上に工数がかかります。1名を採用するために数百通のスカウトを送る必要があるケースは珍しくありません。1通ごとに候補者の経歴を読み込み、職種に合わせた文面を作成し、返信対応を行う——この工数を試算すると、月に100時間を超えることもあります。
さらに、候補者のスキルセットを評価するには技術に関する一定の理解が必要です。採用担当者がエンジニアリングに詳しくない場合、スクリーニングの精度が落ち、面接の設定にも支障が出ます。
こうした課題に対して、エンジニア採用に特化した採用代行(RPO)を活用するという選択肢があります。スカウトの実行、候補者対応、面接調整といったオペレーション業務を専門チームに委託し、社内のリソースは戦略設計やクロージングに集中する——という役割分担です。
📄 関連記事:RPO(採用代行)完全ガイド
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著者について
宮前 貴史(株式会社プロリク )
大学卒業後、個人事業主として約5年半にわたり、BtoC・BtoB領域で営業から企画・運営までを一気通貫で経験。その後、ベンチャー企業にて採用担当として制度設計に従事し、さらにRPOサービスの立ち上げ責任者として、スカウト業務の仕組み化から実践までを牽引。プロリク参画後は、その豊富な実務経験を活かし、ITエンジニアのスカウト業務を中心に複数クライアントの採用成功を支援している
よくある質問
Q. エンジニア採用にはどのくらいの期間がかかりますか?
職種や要件によりますが、一般的には3〜6ヶ月が目安です。特に経験者採用では、候補者の転職活動ペースに左右されるため、短期間での採用は難易度が上がります。「来月までに1名」ではなく、「3ヶ月かけて良い人を見つける」という時間軸で計画することを推奨します。
Q. 未経験エンジニアの採用は選択肢になりますか?
なりえます。ただし、「未経験者を採用して育てる」には教育体制と時間が必要です。即戦力が必要な場合は経験者採用が中心になりますが、中長期的な視点で育成コストを投資と捉えられる企業にとっては、ポテンシャル層へのアプローチを広げる有効な手段です。
Q. SIer出身者を自社開発チームに迎えるときの注意点は?
最も重要なのはオンボーディングの設計です。SIerと自社開発では、開発プロセス(ウォーターフォール vs アジャイル)、意思決定のスピード、ドキュメンテーション文化などに違いがあります。最初の3ヶ月間のキャッチアップ期間を計画に組み込み、メンター制度の導入も検討してください。
Q. エンジニア向けの求人票で必ず書くべき項目は?
使用技術(言語・フレームワーク・インフラ)、開発チームの規模と構成、開発プロセス(スクラム等)、リモートワークの可否、技術選定への関与度合い、学習支援の有無は必須です。加えて本記事で触れたように、生成AIの活用方針やキャリアパスの具体像を記載することで、他社の求人票との差別化が図れます。
参考文献、資料
- IPA 独立行政法人情報処理推進機構「DX白書2023」(IT人材総数 約125万人、2020年国勢調査ベース): https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/index.html
- IPA 独立行政法人情報処理推進機構「DX動向2025」(日本企業の85.1%でDX人材不足): https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2025.html
- e-Stat 国勢調査(平成27年)職業・産業クロス集計(インターネット付随サービス業×ソフトウェア作成者 約8,680人): https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003209820
- 総務省「労働力調査(詳細集計)2024年平均結果」(転職者数331万人・転職者比率4.9%): https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/index.html
- スピーダ スタートアップ情報リサーチ「Japan Startup Finance 2024」(国内スタートアップ調達額7,793億円): https://initial.inc/articles/japan-startup-finance-2024