「ChatGPTを導入してみたものの、現場ではいまいち使われていない…」 「AIプロジェクトがPoC(実証実験)ばかりで、一向に売上に繋がらない…」 「結局、AIって業務効率化ツールの一つですよね?」
企業の経営者の方から、最近こんなお声をよく聞くようになりました。なぜ、あれほど期待したAIが、大きな成果を出せず小さい改善に留まってしまうのでしょうか。
実は、ツールの選定やプロンプト(使い方)の問題ではなく、「AIを何として捉えて、どう企業に組み込むか」という、戦略や思想、スタンスに根本的な原因があるのかもしれません。この記事では、AI活用がうまくいかない企業に共通する「ツール思考」の罠と、AIを本当に経営の力にするための新しい考え方「AHR」について解説します。
AHRとは
AHR(AI and Human Resources)とは、企業の経営計画達成のため、AI資源と人的資源を同列の戦略資源として設計・運用・再配分する、株式会社プロリクが2025年6月に提唱した実践フレームです。従来のHRが人的資源のみを扱ったのに対し、AHRはAIを人と並ぶ「経営のコア資源」と捉え、組織全体の生産性最大化を目指します。
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この記事の要点(TL;DR)
- 失敗の原因: AI活用が失敗しがちなのは、AIを便利な「ツール」としか見ない「ツール思考」が原因です。
- よくある症状: 「ツール思考」だと、経営層がAI活用を現場任せにし、結果として「部分最適」に陥ってしまいます。
- 解決策: AIを人と同列の「経営資源」と捉え直し、経営課題から逆算して「AIと人の最適配分」を設計する「資源思考」へ変えていく必要があります。
そもそもなぜ日本企業のAI活用は成果に繋がらないのか? 3つの構造的課題
多くの日本企業がAIの恩恵を十分に享受できていない背景には、複合的な要因が存在します。ここでは、主要な3つの構造的課題を解説します。
課題1:導入の遅れと「人材・ノウハウ不足」の壁
まず根本的な課題として、多くの企業がAI活用のスタートラインに立てていません。
帝国データバンクの調査(2024年8月公表、N=4,705社)によると、生成AIを業務で「活用している」企業はわずか17.3%です。「活用しておらず予定もない」(48.4%)と「わからない」(7.6%)を合わせると、半数以上の企業がAI導入に対して具体的なアクションを起こせていない実態がわかります。
活用が進まない最大の懸念・課題として挙げられているのが「AI運用の人材・ノウハウ不足」(54.1%)です。しかし、この「ノウハウ不足」は、単純に「人材の不足」というわけではありません。もう少し詳しく見ていくと、「活用すべき業務が不明確」との回答が39.1%となっており、「そもそも、どの業務にAIを活用すべきか分からない」と回答しており、AIの使い方、実現方法ともに足りていないために導入が進んでいないということが分かります。
また、導入率は 企業規模や業種によって違いがあります。従業員数「1000人以上」の企業(活用率36.9%)に対し、「50人以上100人未満」の企業(同13.9%)の活用率は3分の1程度に留まっており、IT企業などを含む「サービス・その他」(同28.0%)に対し、「建設・不動産」業界(同9.4%)や「運輸・通信」業界(同10.4%)では、活用が平均を大きく下回っているという状況となっています。
課題2:従来のAI活用方法の延長線上。効率よい道具を導入しようとする「ツール思考」
課題1では、8割以上の企業がAI導入の第一歩を踏み出せていないという課題を挙げました。では、「活用している」日本企業はすべて成果を上げているのでしょうか。
PwC Japanグループが5カ国(日・米・英・独・中)の企業を対象に行った調査(2025年春)を見ると、残念ながら「そうではない」という現実があります。なお、本調査は売上高500億円以上の企業に勤務する課長以上の方々を対象に実施されているものであるため、帝国データバンクの調査母集団と比較するとやや企業規模が大きめの企業群への調査となっています。
日本の「効果実感」は、主要国の1/4
同調査によれば、500億円以上の企業規模で見ると日本のAI導入度は各国と比較しても平均的であるとしつつも、「期待を上回る」効果を実感している企業の割合は、米国や英国の約4分の1、ドイツや中国の半分に留まっていることが報告されています。つまり多くの日本企業はAIを導入はするものの、実際の「成果」に結びつけられていない、という深刻な実態が浮かび上がっています。
生成AI導入の成果を分ける「思考の差」とは?
では、なぜ、AIを導入しても成果が出ない企業が多いのか。PwC調査は、AIの活用効果について、期待との差分に基づき企業を2つのセグメントに分けて分析しています。
- 「成功企業」:「期待を大きく上回る」と回答した層
- 「停滞企業」:「やや期待を下回る」「期待とはかけ離れた結果になった」と回答した層
この2つのセグメントに対し、AIへの取り組み方について質問したところ、日本企業において極めて顕著な差が表れました。
- 推進体制について 「社長直轄」でAIプロジェクトを推進している割合は、「成功企業」が61%だったのに対し、「停滞企業」はわずか8%でした。
- 業務プロセスへの適用について AIを「業務へ本格的に組み込み」(業務プロセス自体の変革)を行っている割合は、「成功企業」が72%に達したのに対し、「停滞企業」は14%に留まりました。
- 目的意識について AIを「業界構造を根本から変革するチャンス」と捉えている割合は、「成功企業」が55%だったのに対し、「停滞企業」は15%でした。
これらのデータを概観すると、成果の出ない「停滞企業」に共通する特徴として、
- 全社的な業務プロセスの変革も行わず(業務組み込み 14%)、
- 目的意識も低い(業界変革 15%)
という傾向が見受けられます。私たちは、この一連の思考様式を「ツール思考」と呼んでいます。
「ツール思考」とは、AIを経営戦略や事業変革の中核(=経営資源)として捉えるのではなく、あくまで既存業務を効率化するための「便利な道具(ツール)」としてAIを捉える思考のことを言います。
具体的には、業務プロセス自体をAIに合わせて大きく変革(業務組み込み)していくような、最も重要で困難な取り組みを行わないまま、手軽に見える「AIエージェントの導入」(同調査で停滞企業の中で高い項目であり、26%がAIエージェント導入を実施していると回答)といった個別のツール導入を目的化し、進めてしまうような使い方を指します。これはまさに従来のAI活用の延長線上の活用方法です。
生成AIを「ツール」として導入するため、既存業務の延長線上でしか使われず、結果として大きな成果(経営インパクト)に繋がらないといった状況が起きてしまっているわけです。
課題3:「経営コミットメント不足」と「推進体制の不備」
同PwC調査を更に見ていくと、推進体制においても成功企業と停滞企業とに差があることが分かります。
1. 経営がAI導入の「当事者」になっていない
成果の出ない「停滞企業」の最も決定的な特徴は、経営層がAI導入に関与していないことです。
PwC調査によれば、成果を上げた「成功企業」では61%が「社長直轄」でプロジェクトを推進しています。AI活用を経営マターとしてトップダウンで進めていることがわかります。一方、成果の出ない「停滞企業」で「社長直轄」はわずか8%です。停滞企業の9割以上では、経営層がAI活用の「当事者」になっておらず、現場のDX推進室や各事業部に任せてしまっている実態が推測されます。
2. 全社をリードする「責任者」が不在
経営層がコミットしない結果、AI活用を全社的にリードし、実行に責任を持つ「推進体制」も整備されていません。「成功企業」の59%がAI活用の責任者(CAIOなど)を「配置している」と回答している一方で、「停滞企業」で責任者が配置されている割合はわずか11%でした。
これらのデータが示すのは、成果の出ない「停滞企業」の多くが、経営層がAI活用に本気で取り組むという意思決定(コミットメント)をしていない、という事実です。
多くの企業がAIの導入自体やその活用方法に課題を抱え、期待する成果を得られていない現状を見てきましたが、この状況を打破し、企業を成長させるためには、AIに対する根本的な発想転換が不可欠だと考えられます。その解決策として、プロリクとしてはAIを経営のコア資源として捉える概念として、AHR(AI and Human Resources)を提唱しています。
AIをHRと同列の「経営のコア資源」として捉える概念:AHR(AI and Human Resources)とは?
従来のHRが人的資源のみを管理していたのに対し、AHRは経営課題に対し、組織能力をどうAIと人で充足させ、役割分担していくか?を考えるフレームです。
その性質から、AHRはあくまで経営課題から逆算され、その組織能力を補う方法論としてAIをあたかも同僚のように扱い、どうAIがうまく機能するかを思考します。従来のAI活用のような、「AIエージェント」という流行り言葉への傾倒、方法論の目的化、ツールありきでどう業務を効率するか?といった発想ではなく、あくまで経営課題とそれに紐づく組織能力という観点から逆算する思考に特徴があります。
両者を比較して整理すると以下のような位置づけになると思います。
従来のAI活用(ツール思考、手段重視) | AHR(経営課題、目的思考) | |
AIの位置づけ | 業務効率化ツール | 人材と同列の経営資源 |
出発点 | AIツール・技術ありき | 経営課題・組織能力から逆算 |
組織への影響 | 既存業務プロセスに追加導入 | プロセス・組織構造をAIファーストで再設計 |
責任者 | IT部門・DX推進室 | 経営層 |
評価指標 | ツール導入数、利用率 | 経営KPI達成への寄与度 |
投資判断 | 個別業務プロセスのROI | 経営課題や組織能力視点のROI |
ここで、より理解を深めやすいように、「AIが働きやすいように仕組みを変える」ということの具体例を考えてみたいと思います。
例えば、営業組織でAHRを導入する場合を考えてみましょう。
従来のAI活用(ツール思考):
- 営業支援ツールとしてAIを導入検討
- 個別の営業プロセスのどこを自動化するために利用するかを定める
- 個別業務の改善効果のみからROIを考える
- 営業担当者が「使えれば使う」「うまくツールがはまらないと使われなくなることもある」
- 人間が使うことを前提としているので、既存の営業プロセスは変えない → 結果:一部の担当者の効率が上がるだけで、全社的に見るとわずかな成果に留まる
AHR(資源思考):
- 経営課題から逆算: 「新規顧客獲得数を2倍にする」という目標達成に必要な組織能力を分析
- AI資源と人的資源の役割分担を設計:組織能力から逆算して役割分担を決める
- AI資源:リード分析、初回アプローチ、商談記録の構造化など
- 人的資源:高度な提案、関係構築、クロージングなど
- ROI検討:AI資源の導入コスト増、人的資源のコスト減、経営課題到達時の期待値を総合してROIを検討
- AIが機能しやすいフロー、仕組みを構築:
- 商談情報の入力フォーマットをAIが読み取りやすい形式に標準化
- AIを前提とした新しい営業プロセスを設計(特にAIが用いるデータの入口と出口を意識した設計)
- AIのフォローを人間がどう行い、またAIの出したアウトプットをどう人間が利用して成果を上げるのか人間の動き方やリソースを考える
以上のような例に示したように、従来の思考法とAHRとでは実際の業務適用の思考プロセス、導入プロセスに大きな違いがあります。
まとめ:「ツール思考」から「資源思考」への転換を
この記事で見てきたように、AI活用によって成果が上がらない理由はツール思考などいくつかの起因しています。
この「ツール思考」から「資源思考」への転換こそが、AHRの本質です。
「AIを導入したいが、ツール思考になってしまいそうだ。何から手をつければいいか分からない」 「社内のメンバーをコア業務に集中させたい」
これらは、AHRの視点で解決すべき「AIと人のリソース配分」の問題です。 貴社の課題がAIと人のどちらにあるのか、もしご要望があれば、お気軽にお声がけいただけましたら幸いです。
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著者について
宮前 貴史(株式会社プロリク )
大学卒業後、個人事業主として約5年半にわたり、BtoC・BtoB領域で営業から企画・運営までを一気通貫で経験。その後、ベンチャー企業にて採用担当として制度設計に従事し、さらにRPOサービスの立ち上げ責任者として、スカウト業務の仕組み化から実践までを牽引。プロリク参画後は、その豊富な実務経験を活かし、ITエンジニアのスカウト業務を中心に複数クライアントの採用成功を支援している
AI活用やAHRについてのよくある質問
Q. すでにChatGPTやMicrosoft Copilotを全社導入していますが、それとAHRは何が違うのですか?
A. 「手段」と「戦略」の違いと言えそうです。ChatGPTやCopilotの導入は、AHRが担う機能のうちの「AI資源の採用・展開」という具体的な手段と言えます。
この記事で見てきたように、AI活用がPoCで終わってしまう(=停滞する)企業の多くは、「AIが業務自体を変えてしまうことを想定せず」、ツール導入(手段)だけが先行してしまっています。Copilotのようなツールをどう経営課題に直結したものとして大きな取り組みにできるかを考えていくことに差分があります。
Q. 中小企業には「AHR」はハードルが高いのでは?
A. むしろ、リソースが限られる中小中堅企業こそAHRのような発想が必要ではないかと考えています。AIが出来ることをフットワーク軽く検証し見極め、自動化を進めることで筋肉質な組織を作っていける土壌があると思います。大企業のように潤沢な予算でPoCを繰り返す余裕はないかと思いますが、費用対効果の高い部分をAI化していくことが肝要だと思います。
Q. 「ツール思考」でも、AIエージェント導入で現場は効率化されますよね?
A. はい、部分最適(点の改善)は実現できます。しかし、あくまで多少の改善に留まることになると想定されます。人間が動くことを前提としているため、AIにとって動きにくい環境・プロセスで、人間が使うことを前提としたエージェントを使うことになるため、本来AI主導で考える自動化効果と比較すると目減りすると考えられるからです。
Q. AHRを推進する「AIに詳しい人事」がいません。
A. AHRは「AIに詳しい人事部」が単独で進めるものではありません。「経営者」「事業部門」「人事部門」などが一体となって推進する機能として捉えていただいていいかと思います。人事部門に固執する必要はなく、CoEのような形でAHRとしての機能を果たせれば良いと考えています。
参考文献、資料
- PwC Japan『生成AIに関する実態調査2025春』(2025年6月)
- 帝国データバンク『生成AIの活用状況調査』(2024年8月1日公開)
- EAWS『生成AI活用に関する国内調査レポート』(2025年2月)
- MIT Sloan School of Management NANDA Initiative『The GenAI Divide: State of AI in Business』(2025年)
- 木下(2023)『ダイナミック・ケイパビリティのフレームワーク:資源ベース再構成の組織能力』